スポーツに学ぶ 経営論 バレーボールのハイタッチ文化から学ぶ組織開発の知恵 ~人とチームを育む行動デザイン~
はじめに
デジタル化の加速、働き方の多様化、深刻な人材獲得競争など、 中小企業を取り巻く経営環境は変化の速度を増す一方です。この ような時代において、企業の持続的な成長を支える競争力の源泉 は、もはや優れた技術やビジネスモデルだけではありません。心理 的安全性や従業員エンゲージメントといった言葉に象徴されるよう に、人件費=コストという旧来の認識から脱却し、従業員一人ひと りが自発的に力を発揮できる組織環境そのものが、企業の命運を 握る重要指標として広く認識されています。 では、コストをかけずに、こうした高いエンゲージメントを持つ組 織をいかに構築できるのか。その組織づくりのヒントを探るべく、本 稿では、日本代表チームの活躍や人気作品「ハイキュー!!」の影響 で再び注目を集める、バレーボールに焦点を当てます。 バレーボールは、数秒で得点が動く超短サイクルの競技であり、 ミスや失点の直後にチーム全体の心理状態を即座に整え、メンタ ルを切り替えることが勝利の絶対条件となります。このメンタルリ セットの鍵となるのが、得失点に関わらず繰り返されるハイタッチで す。他のチームスポーツと比較しても圧倒的に回数が多いこの行 為は、単なる感情的な励ましではなく、「意図的に設計されたチーム の行動様式」であると捉えることができます。 この「ハイタッチ文化」を組織開発の観点から分析し、そのエッセ ンスを中小企業の日常業務に落とし込みました。狙いは、専門部 署や大きな投資を必要とせず、コストゼロで今すぐ実行できる取り 組みを提示することで、日常業務の中で従業員の主体性や貢献意 欲を高める実践的な方法論を提供することです。
ポイントは次の3つです。
1 承認の即時性
2 失敗の リフレーミング
3 共同行動の 設計
これらは、経営者と従業員の距離が近い中小企業だからこそ、素早く試し効果を検証できる、実践的な「組織の行動デザイン」だ と考えています。ぜひ参考にしてみてください。
1 承認の即時性【自主的に行動したくなる仕組みをつくる】
バレーボールの試合中、得点が入った瞬間に選手たちが交わす ハイタッチ。これは単なる喜びの表現に留まりません。それは、得 点に至るまでのサーブ、レシーブ、トス、スパイクといった一連のプ レーに関わった全ての選手への「今、この瞬間の貢献を認め、伝 える」という極めて即時性の高い承認行為です。 行動心理学のオペラント条件付け(強化理論)は、行動の「直後」 に好ましい結果(報酬や承認)が与えられると、その行動が繰り返さ れる確率が高まることを示します。また、自己決定理論によれば、 タイムリーな承認は有能感(自分はできると信じる気持ち)と、関係性 (チームの一員として認められている)という、内発的動機付けを高 める基本的心理欲求を満たします。後からまとめて大きな称賛を受 けるよりも、行動の直後に得られる「小さくてもタイムリーな承認」の 連鎖が、パフォーマンスを持続させる鍵となります。
実践のポイント
従業員の主体性とパフォーマンスを最大限に引き出していきま しょう。
(1) チェックインを活用 会議や週の始めに、参加者全員が「仕事でうまくいっていること」 「チームメンバーに感謝したいこと」「今日達成したいこと」などを1つ ずつ共有する。意図的にポジティブなムードや連帯感を醸成できる ので効果的です。
(2) デジタルツールを活用 ビジネスチャットで「ナイス!」「助かります!」といったポジティブなス タンプを活用し、気軽に承認を送り合う環境を整える。デジタルで なくても、付箋で「ありがとう!」を伝えるのも効果的です。
(3) 経営者・管理職が率先 廊下ですれ違った部下への声かけやチャット上でタイムリーに反 応し承認を実践する。やはり、リーダーが率先して文化定着のキー マンになると心強いです。
2 失敗のリフレーミング【挑戦し続ける仕組みをつくる】
バレーボールは、たった1つのミスが即失点につながる、精神的 に非常に厳しいスポーツです。しかし、選手たちはミスをした仲間 を責めるのではなく、即座に駆け寄り、ハイタッチや声がけを交わ して次のプレーへと意識を切り替えます。この行動は、無意識のう ちに「失敗=個人の責任」という認識を、「学び=チームで共有し、 次に取り返すための体験」へと瞬時に書き換える(リフレーミングす る)効果を持っています。 失敗を許容するだけでなく、積極的に学びとして根付かせるため には、成長マインドセットが不可欠です。この考え方を持つ組織で は、失敗は成長に必要なフィードバックと捉えられます。経営者は、 結果だけでなくプロセスにおける挑戦や工夫を評価する言葉を意識 することで、従業員の成長マインドセットを育むことができます。ま た、心理学の認知的リフレーミングも重要です。例えば、「売上目 標未達」という結果を「計画のズレや改善点の発見」と捉え直す組 織の習慣が、ネガティブな感情を軽減し、建設的な議論につながり ます。
実践のポイント
挑戦し続けたくなる仕組みをつくり、組織の成長を加速させて いきましょう。
(1)「 ナイスチャレンジ報告」の定例化 定例会議で、成功・失敗を問わず「新たな試み」や「失敗から得 られた教訓」を共有する時間を設け、結果に関わらず全員で発表 者に称賛の拍手を送る。やりがちな個人への追及はせず、プロセ スの分析に徹するという意思統一も重要です。
(2) 経営者自身の失敗談の開示 経営者自らがオープンに失敗談とそこからの学びを語ることで、 従業員に「失敗しても大丈夫だ」という強力なメッセージを伝える。 これだけで経営者への親近感が生まれます。
(3) 言語習慣の転換 問題発生時に個人を追及する「なぜミスしたんだ?」ではなく、未 来志向の「どうすれば次はうまくいくか?」「この経験から何を学べる か?」という問いかけを徹底する。
3 共同行動の設計【一体感を醸成する意図的な仕組みをつくる】
ハイタッチは、言葉を交わさずとも、瞬時に「私たちは同じ目標に 向かうチームだ」という感覚を共有させる力を持っています。 社会心理学において、行動の同期は、集団のメンバー間の協 調性や信頼感を高めることが多くの研究で示されています。ハイ タッチや円陣、一斉の拍手といった共同での身体的行動は、言葉以上に非言語的な連帯感が生まれます。
実践のポイント
日常の行動にチームを結束させる仕組みを設計し、信頼関係の 土台づくりにしていきましょう。
(1) シンプルな同期行動 朝礼の始めに全員で簡単な深呼吸やストレッチを行う。意識を瞬時 に集中させるだけでなく、身体的な同期を通じて一体感を醸成します。
(2) プロジェクトのマイルストーンを祝う 小さな目標達成のたびに、関係者で集まり、リーダーの音頭で 全員で拍手するなど、簡単なセレモニーを行う。達成感を共有す ることで、チームの結束を強めます。
(3) 環境整備活動の共同実施 月に1度、部署や役職の垣根を越えて全員で清掃や整理整頓を 行う「環境整備の日」を設ける。自然なコミュニケーションを生み、 組織の協調性を高めます。
おわりに
「全員で、つなぐ」これは、バレーボールの核心であり、VUCA 時代の中小企業経営に最も求められるチームの姿です。 組織開発の施策は、精神論で終わったり、やがて風化しがちで す。今回挙げた実践のポイントは、いずれも成果のあった企業の取 り組み事例を参考にしており、簡単に始めやすいものばかりです。 できることから取り入れ、小さな変化に目を向け習慣化することで、 徐々に組織は変わっていきます。 大切なのは、「人と人との関係性を扱う」からこそ、短期的な成果 ではなく、中長期的な組織の成長を見据えること、そしてリーダー 陣がその行動を率先し、熱を組織全体に伝播させていくことです。 現状を受け止め(レシーブ)、課題を洗い出し(トス)、ゴールに突 き進む(アタック)。小さなことから賞賛し、学び続けることを文化に する。その積み重ねの先に、「全員で、つなぐ」変化に強い組織が 築かれていくのだと確信します。

- 登録番号
藤沢 淳司
バレーボール好きは妻の影響。薬局経営支援および薬剤師教育専門の中小企業診断士。現在はデザイン経営について学び、より良い医療のあり方を探求しています。
