スポーツに学ぶ 経営論 ヨットに学ぶ「ストラテジーとタクティクス」―風を読み、舵を取る経営の知恵
1 海の上に見る「経営の縮図」
経営とは、常に変化する外部環境の中で最適な航路を選び取 る営みです。企業経営における外部環境とは、市場の変化、顧 客ニーズ、競合他社の動向、そして経済・社会全体の潮流です。 これらを読み取り、自社の強みを生かして前進するための道筋を描くのが経営者の使命です。 この姿は、風・波・潮といった自然を相手に戦うヨット競技とよ く似ています。ヨットは、エンジンを持たず、風という外部エネル ギーを最大限に活用して進みます。風を味方につけるか、あるい は敵に回すかで勝敗が決まります。経営も同じです。景気や社会 の風向きは自分では変えられませんが、その風をどう読むか、ど う生かすかによって結果が変わります。 一見、優雅なマリンスポーツに見えるヨットですが、実際には非 常に知的で緻密な競技です。風の変化を秒単位で見極め、どの 瞬間に方向転換(タック)を行うか、どの風を拾うか。そうした判 断の積み重ねが勝敗を分けます。体力よりも「判断力」や「洞察 力」、そして「チームワーク」が成果を決める点で、経営の本質と 近い競技といえるでしょう。
2 「ストラテジー」と「タクティクス」― 戦略と戦術の関係
ヨットレースでは、「ストラテジー(戦略)」と「タクティクス(戦 術)」の両輪が重要とされます。ストラテジーとは、「どちらの海面 を走るか」「どのブロー(風の塊)を拾うか」といった、レース全体 の方針を立てることです。これはレース開始前から準備され、天 候や潮の流れ、地形などを観察して構築されます。言い換えれば 「全体最適の設計図」であり、経営における長期的な方向性や戦 略にあたります。 一方、タクティクスは、目の前の一艇や数艇との駆け引きの中 で瞬時に最適な判断を行う力です。たとえば、風上艇と風下艇の 位置関係を見て、自分の艇が風を奪われないように走らせたり、 タイミングを見て方向転換(タック)して他艇の前に出たりします。 これは、現場における機動的な判断、すなわち経営における日々 の意思決定や改善活動に相当します。 ヨット界では「タクティクスはストラテジーに勝てない」といわれま す。どんなに巧みな操船技術があっても、戦略そのものの方向性 を誤れば勝つことはできません。経営もまた同様で、優れた販売 戦術を積み重ねても、戦略の軸がずれていれば成果は持続しませ ん。逆に、戦略が明確であれば、多少の波風があっても組織は 進むべき方向を見失いません。
そして、ストラテジーとタクティクスの間には「柔軟性」が必要で す。風向きが変われば、コースも修正しなければなりません。経 営においても、環境の変化を見極め、計画を臨機応変に修正す る力が不可欠です。固定的な戦略は、やがて時代に取り残されて しまいます。
3 風・波・潮 ― 外部環境を読む力
ヨット競技の面白さは、風や波、潮の流れといった「制御できな い要素」と向き合うことにあります。陸から吹く風のレースでは、 風が山や建物に遮られ、突発的な「ブロー(風の塊)」が発生しま す。その風をいかに早く見つけ、いち早く進路を変えるかが勝負 を分けます。これは市場の変化の中で、素早くチャンスを拾う「機 敏な経営」に似ています。 一方、海から吹く風のレースは、比較的安定した風が吹きます。 しかし、その風も右から来るか左から来るかで展開が全く変わりま す。どちらの風が有利であるかを判断し、ヨットの進むべき方向を 定めます。経営においても、大きなトレンドに乗らなければ、遅れ を取ることになります。 ヨットのレースでは「潮の流れ」も重要な要素です。表面的な風 だけでなく、水面下の潮流を読み違えると、同じ方向に進んでい ても大きく差がつきます。経営でも同じです。表に見える市場の 動きだけでなく、社会構造の変化や顧客の潜在ニーズといった 「水面下の潮流」を読む力が求められます。 さらにヨットには「タクティシャン」という役割があります。スキッ パー(舵を取る人)が経営者だとすれば、タクティシャンは参謀にあ たります。中小企業でいえば、右腕の幹部や経営顧問、あるい は中小企業診断士のような存在です。スキッパーが方向を定め、 タクティシャンが状況を分析し、クルーが実行する。この三者の 連携がなければ艇は進みません。経営でもトップの決断、参謀の 助言、現場の実行が一体となることで、組織は初めて風を捉える ことができるのです。
4 経営への応用 ―「 風を読む」「戦略を描き」「戦術で実行する」
ヨットから学べる経営のヒントは、次の3つに集約されます。
(1) 外部環境を読む(風を読む) 市場や顧客の変化は「風向き」です。逆風のときには、チャンス (風の塊)を確実に拾うことで前進のきっかけをつかみます。追い 風のときには、流れに乗りつつも、自社の進路を見失わないよう に舵を握り続けることが大切です。風は誰にでも同じように吹きま すが、風をどう使うかは経営者次第です。
(2) 戦略の構築と柔軟な修正(ストラテジー) レース前に「どの海面を攻めるか」を決めるように、経営でも情 報収集と仮説立案が欠かせません。ただし、風向きが変われば 戦略も変える勇気が必要です。経営環境は常に変化します。長 期ビジョンを保ちながらも、状況に応じて柔軟に戦略を修正できる 企業が、変化の時代に強い組織といえるでしょう。
(3) 現場判断とチーム力(タクティクス) どれほど優れた戦略を描いても、現場が動かなければ成果は生 まれません。タクティクスとは、現場の判断力を信頼し、社員に 権限を委ねる経営でもあります。現場が風を感じ、即座に行動で きる組織こそが、荒波を乗り越えられる強いチームです。 ヨットレースでは、同じ風を受けても艇ごとにスピードが異なりま す。それは、風向きが同じでも、舵の切り方と帆の張り方が違う からです。経営もまた同様です。すべての企業が同じ環境の中に あっても、成果を分けるのは「選択」と「実行」の差です。 経営者とは、風を恐れず、むしろ風を利用して進むセーラーで す。変化の時代だからこそ、ヨットのように「風を読み、戦略を描 き、戦術で実行する」姿勢が求められています。 目の前の波に翻弄されず、大きな視野で航路を描く―そこに、 経営の羅針盤としてのヨットの知 恵があるのではないでしょうか。
- 登録番号
西田 雄一郎
筆者のヨットレース出場歴
1995年 ふくしま国体 奈良県代表
1996年 全日本学生ヨット個人選手権大会 関西代表
1996年 第7回日米学生親善ヨットレース 日本代表
1997年 ジャパンカップ ピーター・ギルモア(アメリカズカップ:日本のスキッパー)のチームに所属
かんさい経営サポート 代表。
銀行にて法人融資、大手IT企業で組織構造を変革するマネージャーを経験。昨年にMBA修了。中小企業診断士、ビズクリ認定サポーター、事業承継士に登録。


