中小企業における防災・BCP対策 介護事業者におけるBCP策定支援の概要

近年、日本中で大規模な自然災害が頻発し、その規模も激甚 化しています。これに伴い、介護事業所においても、災害による 建物や設備の損壊、従業員の出勤困難、物資不足などによりサー ビス提供が困難になる事態が懸念されています。特に要介護者の 命に直結するサービスであるため、その影響は深刻です。さらに、 新型コロナウイルス感染症の世界的流行は、介護事業所でのクラ スター発生を招き、感染症対策を含む総合的な危機管理の必要 性を浮き彫りにしました。このような背景から、厚生労働省は 2021年4月の介護報酬改定で全ての介護事業所に対しBCP(事 業継続計画)の策定を義務化しました。この義務化は、単に書類 を作成するだけでなく、策定したBCPに基づいた研修や訓練の定 期的な実施も求めており、これにより介護事業所全体の危機管理 能力を高め、緊急時にも安定した介護サービスを提供できる体制 を構築することを目的としています。2024年4月1日が策定期限で あり、未策定の場合は介護報酬の減算対象となります。私は滋賀 県の公益財団法人介護労働安定センター滋賀支部を通じて、自 然災害と感染症のBCP策定支援を行いました。

通所リハビリステーションにおけるBCP策定支援事例

今回支援対象となったのは、主に身体の維持機能回復を行う通 所リハビリステーションでした。1日の利用者は15 ~ 20人程度、 従業員は7名体制です。これまで自然災害の影響は少なく、稀に 雪害が発生する程度でした。しかし、水害を想定した避難訓練を 悪天候時に実施し、椅子を要介護者に見立てて避難所へ誘導す るなど、防災意識の高い事業者でした。また、新型コロナウイル ス感染症対策のマニュアルも作成されており、基本的な感染症対 策は実施できていました。一方で、防災計画とBCPの違いや、 BCP策定・作成において施設が具体的に対応すべき内容につい て、十分な理解がない部分もありました。そこで、BCP策定支援 では、以下の手順で取り組みを進めました。

具体的なBCP策定手順

BCPを策定するにあたり、まず事業者には防災計画とBCPの違 いを含め、BCPとは何か、なぜBCPを策定するのか、何を記載 すべきか、そして策定後の運用方法を理解してもらうことから始め ました。BCPは単なる書類ではなく、要介護者、従業員自身の安 全確保、そして災害からの迅速な事業復旧のために平時から準備 し、取り組むべきものであることを強調しました。従業員全員が災害時に適切な対処を取れるようにすることを目標とし、理解が深ま るにつれて作成スピードも向上しました。 1. ハザードマップの確認とリスクの特定 事業所周辺のハザードマップを確認し、土砂災害、洪水、高潮、 津波、地震などの具体的な自然災害リスクを把握しました。浸水 想定区域や土砂災害警戒区域などを確認し、想定される災害リス クに対して、対処すべき自然災害を選択しました。また、建物や 設備が災害にどの程度耐え得るかを確認し、最新の耐震基準を 満たしているかどうかも確認しました。この施設では、地震、水害、 および雪害を想定してBCPを策定しました。

2. 人員、設備、資金、ステークホルダーの確認 災害発生時に連絡すべき対象を洗い出しました。従業員や要介 護者だけでなく、その家族、ケアマネジャー、民生委員などの介 護サポート関係者、医療機関、公的機関など、迅速に連絡が取 れるよう連絡先の確認を依頼しました。また、設備の損壊や故障 が起こった場合の代替案、災害発生後に必要となる資金、事業 が停滞することによって影響を及ぼす外部機関についても確認しま した。さらに、協力していただける機関や団体についても把握する よう依頼しました。

3. 優先業務の選定 災害発生直後、6時間後、1日後、3日後、7日後に分けて、 優先すべき行動をまとめました。災害発生直後は、生命と必要最 低限の安全確保、応急処置、避難誘導を最優先とします。通所 リハビリステーションの活動としては、必要に応じて清拭、うがい、 最低限のオムツ交換を選定。復旧や支援体制の強化に伴い、7 日後にはサービスの全面回復を達成できるよう、状況に応じた対 応を構築しました。特に要介護者の健康に留意し、災害復旧時で も従業員同士がコミュニケーションを取り、リスクのある方を優先で きる仕組みづくりを行いました。 4. 必要備品の確認と取得計画 従業員を含め、施設に最大何人が滞在するかを想定し、3日分 の水・食料の確保を検討しました。避難物資の保管場所が確保 できない場合は、どのように調達するのか、1回あたりの水・食事 量をどのくらいにするのか、また保管した水・食料の消費期限対 策についても検討しました。 5. 連絡網と連絡方法の構築 施設長を頂点とする効率的な連絡網を作成しました。上位者か らのトップダウンを基本としつつ、従業員の自宅の場所や従業員同 士の関係性も考慮に入れました。要介護者への連絡についても事 前に担当者を決め、従業員不在時の代替についても検討し、 SNSや伝言ダイヤルサービスの活用、ケアマネジャーなどの仲介 者を通じた連絡手段も構築しました。その他、施設付近の公衆電 話の位置の確認、従業員が契約している通信事業者の情報共有 など、通信に関する不測の事態に備えました。 6. 災害時の実施体制と役割確認 情報班、物資班、救護班といった役割を従業員に設定し、災 害発生時に何を行うべきかを明確にしました。それぞれに班長を決め、施設長が不在でも臨機応変に対応できる組織づくりを行い ました。また、班長不在時でも機能するように、班長代理も設定 しました。班ごとに情報収集を行い、施設長に報告することで、 災害時の指揮命令系統を構築しました。 7. BCP発動基準の設定 施設長が集めた情報に基づき、災害対策本部の設置を含めた BCP発動基準を設けました。具体的には、震度6弱以上の地震 発生時、避難指示が発令された場合、建物や設備の被害が甚大 な場合、または台風接近などで今後の被害が想定される場合には、 施設長の判断によりサービスの中断や中止を行うことをBCPに明 記しました。 8. 研修・訓練および避難所の確認 策定したBCPが実際に機能するのか、不足や不備はないか、 要介護者を含め従業員全員が安全に避難できるかを確認するため、 研修や避難訓練の実施時期と内容について検討しました。この施 設では、災害時を想定し、大雨の日に避難所まで移動する訓練を 実施しました。災害時に措定される道路の陥没や冠水などで、想 定された避難経路が確保できない時のリスクと対応策についても 検討しました。

策定前後での事業者の変化(BCP策定を通じた業務改善意識の向上)

BCPを策定する過程で、普段の行動や施設の環境が、要介護 者の安全性にとって最適であるかどうかが検討されるようになりま した。これにより、作業の分担による業務効率化、日常業務から の気づきによる業務改善、BCPを通じたコミュニケーションの増加 など、多岐にわたる良い変化が見られました。BCP策定を通じて、 従業員一人ひとりが業務に対して高い意識を持つようになり、施 設全体の危機管理能力と業 務品質の向上が図られました。

上杉 嘉邦
登録番号

上杉 嘉邦

医薬情報担当
者として約7年、
臨床開発モニ
ターとして約15年勤務後、
2023年に中小企業診断士として独立する。医療介護福祉系事業
者の経営改善に強みを持つ。